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胃がん手術後は下痢の繰り返しだったのが大好きな麺類を食べても、いいお通じ!

栃木県宇都宮市 田仲正則さん 75歳(取材時)

国鉄職員をしながら農家の婿に

田仲さんの体験談1

「胃がんが見つかって、噴門も含めて胃の上部5分の4を切除しました。25年も下痢に悩まされていて、その後、逆流性食道炎で入院し食事療法もしていました」

国鉄職員として東京駅で窓口業務をしていた田仲正則さん。同じ国鉄の弘済会に勤めていた奥さんと職場の親睦会で出会って結婚したのは22歳の時です。

二人が出会ってしばらくしたある日、骨肉腫で闘病をしていた奥さんのお義兄さんから「自分はもう長くないかもしれないから、妹を頼む」と言われました。お義兄さんは26歳という若さで他界。

池袋で生まれ吉祥寺で育った正則さんのご両親は、農家の厳しい仕事に耐えられるわけがないと結婚に大反対。

しかし、機関士として同じ国鉄に勤めていたお兄さんが、ご両親に手を付いて頭を下げてお願いをしてくれたおかげで、許しを得ることができました。

結婚後、最初は都内の駅で業務をしていて、通勤に便利な栃木県内の駅への異動を願い出ましたが、決まったのは東京駅の窓口業務でした。今から50年も前のことです。コンピュータも機械も今のように便利ではありませんから、窓口に並んだお客様に新幹線や特急などの座席指定券を販売し、現金での受け渡しをしていました。

胃の調子が悪いのが当たり前に

接客では気を遣うことも多く、旅行シーズンには並んでいるお客様が殺気立っていることも。また、切符を販売したお金は毎日1000万円にもなります。全て現金のため、金額が合わないと一日の締めが出来ないので、非常に神経を遣います。

通勤は栃木県の東北本線岡本駅から上野駅で乗り換えて東京駅まで2時間以上。夜勤も多く、午前中に帰って来て睡眠をとり夕方出勤することもあります。しかし農繁期には眠ってなどいられません。疲れた心身にムチを打って一町五反歩の田圃での農作業をこなしていました。

「半農半鉄と私たちの言葉で言うのですが、慣れない農作業は本当に大変でした。でも、両親の反対を押し切ってまで婿に来たので、弱音は吐けませんでしたね」

田仲家では、お義父さんも沖縄戦で亡くなっているので、頼りになる男手は一人しかいません。多忙な毎日と仕事のストレスで胃潰瘍になるなど、いつの間にか胃の調子が悪いのが当たり前になっていました。

胃がんが見つかり切除してから

田仲さんの体験談2

国鉄が民営化されるなど混乱の時期をきっかけに、20年以上勤めた国鉄を退職して地元で仕事をしながら農業をしていた正則さん。奥さんのガン検診に同行して、せっかくだからと検診を受けました。奥さんに異常はなく、正則さんに胃がんが見つかったのです。49歳のときでした。

「実は、兄が同じ胃がんを患って49歳で亡くなっているんですよ。私も女房の検診に付いて行かなければ手遅れになったかもしれないと思うと、兄が教えてくれたような気がしました」

胃を全摘に近い五分の四切除したために、それ以来ずっと下痢の毎日です。2年前には逆流性食道炎と言われ1ヵ月入院。今年になって、胃酸過多や食道裂孔ヘルニアなどと診断され、何か胃に良いものはないかとインターネットで探していた時に見つけたのが、沖縄野菜のなちゅらだまでした。

20年以上続いた下痢が止まった

田仲正則さんと柴山弘文
黄金色に穂垂れる田圃に囲まれた立派なお宅にお邪魔してお話をうかがいました。

「飲み始めてしばらくしたら、胃がんを手術してから20年以上ずっと続いていた下痢が止まったんです。いい感じのがスルスルっと出てきて感動しました」

消化の悪いものを食べると30分で下痢するので、大好きな麺類も柔らかくなるまでしっかり茹でて温かいまま食べていました。

外食はできないので、どうしても外で食べる時はパンや軽いもので済ませていました。

「今年の夏は、家族と同じように冷たいそうめんやうどんをつけ麺にして食べても平気でした。これなら外食も大丈夫そうです」

奥さんと結婚して50年以上になりました。金婚式の旅行に行けなかったので、お腹にもっと自信がついたら二人で出かけたいと考えている正則さん。

「沖縄にある栃木県の慰霊塔に義父の名前があるんです。末娘の女房の顔を見ずに出征しているので、一緒に行ってそこで手を合わせて、家や田圃を守れたことなど、いろいろと報告をしたいです」と笑顔で語ってくださいました。

※お客様個人の感想であり、効用ではありません。